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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)303号 判決

原告

岩田賢一

右訴訟代理人弁護士

栄枝明典

被告

大森社会保険事務所長 富塚和夫

右指定代理人

半田良樹

鈴木朗

丸山俊行

吉田幹哉

主文

一  本件訴えのうち、金員支払請求に係る訴えを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成四年六月三〇日付けでした日雇特例被保険者に係る傷病手当金を支給しない旨の決定を取り消す。

2  被告は原告に対し一五五万〇〇一〇円及びこれに対する平成四年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右2につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六三年三月二四日、健康保険法(以下「法」という。)六九条の九第一、二項に基づいて日雇特例被保険者手帳の交付を受けた者であるところ、同年一一月一日、小野建設株式会社(東京都世田谷区池尻二丁目一二番三号所在、以下「小野建設」という。)に、同日から平成元年四月三〇日までの六か月(後記マンション等の建築完成まで)の約定で雇用され、昭和六三年一一月一日から平成元年三月二七日までの間、小野建設のカーサベルディ作業所(東京都大田区南馬込二丁目一四番九号所在、以下「本件作業所」という。)においてマンション等建設工事の作業員として就労したが、平成元年三月二八日以降療養のため就労できないまま、同年四月三〇日同社を退職した。

2(一)  法六九条の七所定の事業所に使用される日雇労働者(法六九条の四第一項各号に該当する者)は、健康保険の日雇特例被保険者となり、この者が療養の給付を受けている場合において、その療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して第四日から労務に服することができない期間、法六九条の一五による傷病手当金(以下「日雇特例傷病手当金」という。)を支給されることとされている。

(二)  原告は、平成二年一〇月二日、被告に対し、平成元年三月二八日から平成二年二月二八日までの間、右環指腱鞘炎、左デクエルバン氏病の療養のため就労できなかったことから、右日雇特例傷病手当金の支給を申請した。

しかし、被告は、平成四年六月三〇日付けで、原告に対し、原告は日雇労働者に該当しないから日雇特例被保険者と認められず、原告は昭和六三年一一月一日から平成元年四月三〇日までの間法一三条に該当する被保険者(以下「一般の被保険者」という。)であったとして、日雇特例傷病手当金を支給しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、平成四年九月一日、本件処分を不服として東京都社会保険審査官に審査請求したが、同年一一月一七日、右審査請求は棄却された。

原告は、平成五年一月一八日、社会保険審査会に対して、再審査請求をしたが、右再審査請求も、同年七月三〇日に棄却された。

3  しかしながら、原告が雇用されて就労した本件作業所は、マンション等建設という事業の完成までの間、臨時的に開設された独立的性格を有する事業所であって、法六九条の四第一項三号にいう「臨時的事業の事業所」である、したがって、原告は、同号所定の「臨時的事業の事業所に使用される者」(以下「三号の日雇労働者」という。また、同項一号所定の日雇労働者を「一号の日雇労働者」と、同項二号所定の日雇労働者を「二号の日雇労働者」という。)に該当する日雇労働者であり、かつ、六か月を超えない期間を定めて雇用されたものであるから、平成元年三月二八日以降の前記傷病による就労不能について日雇特例傷病手当金の受給資格を有するものである。

それゆえ、原告が日雇労働者でないことを前提とする本件処分は、法六九条の四第一項三号の解釈適用を誤った違法なものといわなければならない。

4  よって、原告は、本件処分の取消しを求めるとともに、被告に対し、支給されるべき日雇特例傷病手当金一五五万〇〇一〇円及びこれに対する本件処分がされた日の翌日である平成四年七月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3及び4は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和六三年一一月一日、小野建設に六か月の期間を定めて雇用されたことにより、一般の被保険者の資格を取得したものであり、小野建設に雇用されていた間、法所定の日雇労働者ではなかった(現に、原告は、一般の被保険者として、平成元年三月一日から同年四月三〇日までの間における療養費(法四四条の二)、法四五条による傷病手当金の支給を受けている。)。

2  一号及び二号の日雇労働者が使用期間の臨時性・短期性に着目して日雇特例保険者とされているのに対し、三号の日雇労働者は、専ら、事業経営主体が一定の事業目的のために臨時的に開設され、その事業目的の達成によって消滅するような特殊な場合に生じる保険事務取扱いの困難さに着目し、これを回避するために定められたものである。右のような法の趣旨に鑑みれば、法六九条の四第一項三号の「臨時的事業の事業所」とは、臨時的に開設される博覧会の実行委員会など、事業の経営主体そのものが臨時的に開設され、一定の事業目的の達成により消滅する場合をいうと解すべきであって、事業経営主体の事業が継続性のある事業である場合には、その事業所は「臨時的事業の事業所」に当たらないと解すべきである。したがって、本件作業所のように、継続性を有する事業経営主体(小野建設)がマンション等建設工事のため、現場近くに一定期間を定めて臨時に設置したものは、その作業、工事等が臨時的であったとしても、事業経営主体の事業が継続性のある事業である以上、法六九条の四第一項三号にいう「臨時的事業の事業所」には該当しないというべきである。

それゆえ、原告は「臨時的事業の事業所に使用される者」には当たらず、原告が日雇労働者に当たらないことを前提とした本件処分には、法の規定の解釈適用を誤った違法はない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  法は、日雇労働者のような常用でない被用者については、被用者と事業主との関係が継続的でなく、事業主が保険料の徴収などの保険事務をしないことに考慮し、常用でない被用者を日雇特例被保険者の特例の対象としたものである。三号の日雇労働者も、一号の日雇労働者と同様に常用の被用者でない者を意味するが、これが「臨時的事業の事業所」と定義されていることからすれば、事業の性質にかかわりなく短期間だけ使用される一号の日雇労働者とは異なり、ダムや橋梁などの建設事業のような臨時的性格を持つ事業に常用でなく使用される者を指すものである。

本件作業所における事業は、ダムや橋梁の建設事業と同様に、マンション等建設の完了によって本件作業所での事業が終了するという臨時的事業であり、本件作業所は「臨時的事業の事業所」であるというべきである。

2  仮に、原告のような六か月程度の期間を定めて雇用される短期の被用者をも一般の被保険者とした場合には、このような者の被保険者期間(雇用期間)は短く、雇用終了により被保険者資格を喪失した日以後は法四五条所定の傷病手当金を受給できなくなるから(法五五条の二第二項、五五条第二項)、六か月を限度として支給される日雇特例傷病手当金を受給する場合よりも、かえって不利益を受けることになってしまい、不合理な結果となる。

殊に、多くの事業所は、原告のような短期の被用者を一般の被保険者として扱おうとしないため、短期の被用者は一般の被保険者であるとの自覚を欠き、ほとんどの場合、任意継続手続(法二〇条)をとらずに被保険者資格を喪失するのが実情である。この結果、短期の被用者は、その雇用期間の終了により一般の被保険者の資格を喪失した後は、傷病手当金の支給を受けることができず、結局のところ、一般の被保険者とされながら、日雇特例被保険者以下の受給に甘んずることになるのである。

右のような不都合な結果を生じさせる不合理な解釈をとることは許されないから、原告のような短期の被用者は、日雇特例被保険者と解すべきである。

第三  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、本件作業所は法六九条の四第一項三号にいう「臨時的事業の事業所」であるとして、右作業所での就労期間中、原告は三号の日雇労働者であった旨主張するのに対し、被告は、本件作業所は同号にいう「臨時的事業の事業所」に当たらず、原告は小野建設に雇用されたことにより一般の被保険者の資格を取得したものである旨主張するので、この点について検討することとする。

1  被用者に対する健康保険事業を運営するためには、保険者において、被用者の雇用の有無・期間、被用者に対して支払われた報酬額を正確に把握し、確実に保険料の徴収を行うことが不可欠であるところ、法は、保険事業を効率的かつ適正に運営するため、使用者である事業主を通じて被用者の雇用状況の把握や保険料の計算・徴収を月ごとに一括して行うことを原則とし、事業主に保険事務の負担を課している(法九条、七一条の二、七七条ないし七九条)。

しかし、一般の被用者と異なり、短期間臨時に使用される者などの場合は、就労状態が浮動的で、使用期間が短期であることから、右のような原則的な保険事務の取扱いによって雇用状況の把握や保険料の徴収等を行うことは、経済的にも技術的にも種々の困難を伴うことが予想されるため、法は、それらの者を健康保険の一般の被保険者から除外することとしたうえで(法一三条の二)、それらの者を日雇労働者としてこれに適用される日雇特例被保険者の特例を設け、被用者ごとに個別に雇用状況の把握や保険料の徴収等を行うものとしている(法六九条の四以下)。すなわち、日雇労働者は、法六九条の七所定の事業所に使用される日ごとに、事業主から日雇特例被保険者手帳に健康保険印紙の貼付及び消印を受け、事業主は、日雇特例被保険者に支払う賃金から被保険者の負担すべき保険料額(日を単位として標準賃金日額により計算される。)に相当する額を控除し、右健康保険印紙の貼付及び消印という方法で被保険者負担分を含めて保険者(政府)に保険料を納付する仕組みになっており(法七九条の三ないし五)、また、保険給付の受給資格は、過去の一定期間に一定日数以上日雇特例被保険者として保険料を納付した者につき、受給資格者票をもって個別に確認するものとされている(法六九条の一二以下)。

2  そして、右日雇特例被保険者の特例の適用を受ける日雇労働者として、法六九条の四は、臨時に使用される者(日々雇い入れられる者及び二月以内の期間を定めて使用される者)(一号)、季節的業務に使用される者(二号)及び臨時的事業の事業所に使用される者(三号)を定めている。一号は、その雇用関係の実体が臨時的であることに、二号は、一定時節に限って遂行されることが予め決まっている季節的業務の特殊性にも三号は、事業そのものが臨時的であるという事業所の特殊な性質に、それぞれ着目したものであり、いずれも事業主を通じて雇用状況の把握や保険料の徴収等を行うことが必ずしも容易ではないことを考慮し、一般の被保険者から除外され、右特例の適用を受けることとされたものといえる。

右のように、三号の日雇労働者は、一号及び二号の日雇労働者が雇用それ自体の態様や業務の性質に着目したものであるのと異なり、専ら事業そのものが臨時的であるという事業所の特殊な性質に着目したものであって、事業所で行われる事業が事業主にとって継続性の認められない特殊なものであるために、雇用関係の管理や報酬の支払などの人事管理が一時的、臨時的なものに過ぎず、しかも、事業終了後は通常事業所そのものも廃止されることなどから、法は、このような事業所で使用される被用者については、一般の被保険者のような事業主を通じて行う保険事務の取扱いによることなく、日雇特例被保険者の特例の適用を受ける日雇労働者としたものと解するのが相当である。

3  そこで、原告が三号の日雇労働者に当たるかどうかについてみるに、〔証拠略〕を総合すれば、原告は、昭和六三年一一月一日、職業安定所から紹介を受け、本件作業所でのマンション等建設の完了までの六か月間、小野建設に雇用されることとなったこと、小野建設は、営利を目的として継続して建設業を営む株式会社であること、本件作業所は、小野建設が受注したマンション等の建設の作業現場であること、原告は、本件作業所における一般作業員として、土工、鉄筋工、大工の補助などの作業に従事していたことが認められる。

右認定したところによれば、原告を使用する事業所は小野建設であり、右マンション等建設工事は、小野建設の営む事業の一環として行われるものであって、右マンション等建設工事それ自体は、当該マンション等の完工によって終了するものではあるが、それは小野建設が受注した一つの仕事が完成したというだけのことで、これによって小野建設の事業(「事業」とは、一定の目的をもってされる同種の行為の反覆継続的遂行をいうものであり、一つ一つの仕事ないし作業を意味するものではない。)が終了したというわけでないことはいうまでもなく、本件作業所におけるマンション等建設工事は、小野建設の臨時的な事業でないことは明らかであるから、原告は、法六九条の四第一項三号の「臨時的事業の事業所」に使用されていた者ということはできず、三号の日雇労働者には当たらない。

むしろ、原告は、小野建設に六か月の期間を定めて雇用されたことにより、一般の被保険者の資格を取得し(法一七条)、その雇用期間中(昭和六三年一一月一日から平成元年四月三〇日まで)、一般の被保険者の資格を有していたものといわなければならない(なお、前掲甲第四号証によれば、原告は、小野建設に使用される者として、法四四条の二に基づく療養費及び法四五条に基づく傷病手当金を受給していることが認められる)。

4  原告は、本件作業所の事業がマンション等建設の完了によって終了する臨時的なものであり、本件作業所は「臨時的事業の事業所」に当たる旨主張する。

しかし、法にいう「事業所」は、事業活動が行われる一定の場所を意味するものであるが、支店や工場などが独立の事業所に当たるかどうかは、雇用関係の管理や報酬支払事務を含む人事管理を独立して行う機能を有しているかどうか等に基づいて、社会通念に照らして判断すべきであるところ、マンション等の建設業を営む会社が建設現場ごとに設置する作業所は、単なる作業、工事等のための施設であって、独立の「事業所」とはいえないことに加え、そもそも建設業を営む会社が事業の遂行として行う各建設現場ごとの建設作業をとらえて、臨時的事業ということもできないというべきであり、本件作業所が法にいう「事業所」に当たり、そこでのマンション等建設工事が「臨時的事業」であるとする原告の主張は、失当というほかない。

5  なお、原告は、原告のような短期の被用者を一般の被保険者とする解釈をとった場合には、日雇特例傷病手当金以下の傷病手当金の支給しか受けられない不合理な結果を招来するから、そのような解釈は許されない旨主張する。

確かに、一般の被保険者は退職によりその資格を喪失することになるので(法一八条)、雇用期間の短い被用者に対する傷病手当金の支給期間が日雇特例被保険者のそれよりも短くなる場合があることは原告主張のとおりであるが、しかし、事業所に短期間雇用される被用者であっても、雇用終了の際、任意継続の被保険者となる手続(法二〇条)をとれば、継続して一年以上一般の被保険者であったとの資格を取得することが可能であり、その資格取得後においては、雇用が終了したことにより被保険者資格を喪失した後も、法四五条による傷病手当金を最長一年六月間受給することができる(法五五条の二、四七条)から、その限りでは、短期の被用者であっても、日雇特例被保険者とされるより、一般の被保険者とされる方が有利であることになるし、そもそも、法が、日雇労働者を一般の被保険者とせずに、日雇特例被保険者として特例を定めたのは、前記のとおり、その雇用の態様等に照らして、事業主に保険事務の取扱いをさせることが技術的に困難であるとの観点から、その保険料の徴収方法や保険給付の受給資格等について特別の取扱いをすることとしたものであるから、日雇労働者と一般の被保険者の区別は、本来、個々具体的な保険給付がどのように支給されるかという観点から決すべき事柄ではないのであって、原告の右主張は失当である(なお、原告の主張によれば、短期間しか雇用されない者が一般の被用者としての扱いを受け、任意継続手続(法二〇条)をとることにより継続的保険給付(法五五条ないし五七条)を受けうる途を閉ざすことになるのであって、かかる主張は採用することができない。)。

三  以上のとおり、原告は、小野建設に雇用され本件作業所で就労した期間、三号の日雇労働者ではなく(一号及び二号の日雇労働者に該当しないことも明らかである。)、一般の被保険者の資格を有する者であったというべきである。そうすると、その間、原告が三号の日雇労働者であったことを前提に本件処分の違法をいう原告の主張は、その前提を欠くというべきであり、日雇特例傷病手当金のその余の受給要件の有無について検討するまでもなく、これを不支給とした本件処分は適法である。

四  なお、原告は、被告に対し、日雇特例傷病手当金一五五万〇〇一〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるものであるが、被告は、権利義務の主体たりえない行政機関であるから、右請求に係る訴えは、当事者能力のない者を被告とする不適法な訴えといわなければならない。

五  よって、右傷病手当金等の金員の支払請求に係る本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、本件処分の取消請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 武田美和子)

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